骨まがりの考え

骨まがりの考え

嫁にモテたい男のブログ

皿洗いでマインドフルネスして嫁にモテたい

嫁にモテたい。どうすればよいか。

皿洗いを進んでやる男になろう。

皿洗いまでがご飯づくりである

前回、ご飯づくりの大変さを記事にした。

毎日のご飯を作るのがめんどくさいのは決断する数が多いからだ - 骨まがりの考え

ただ日々のご飯づくりの大変さから解放されても必ず残る作業がある。

皿洗いだ。仕事でくたくたの脳と身体。何も考えずにご飯を食べ、お皿をシンクに戻す。ここまでは良いのだが、満腹になり気持ちも緩んだ状態で「皿洗いしよう」とはならない。どうしても後回しにしたくなる。ただ、安全に帰宅するまでが遠足であるのと同じように、皿洗いまでが料理である。片付けまでちゃんとで着なければ嫁にモテることができるわけがあるまい。

とはいえ、皿洗いはめんどくさい

ただ、めんどくさいことにはめんどくさい。やりたくない。とくに水が冷え切った冬の皿洗いは最悪だ。別の記事で取り上げたスティーヴン・ガイズ氏の『小さな習慣』にも、人は何かアクションを起こすときに最もエネルギーを必要とすると書いてあった。だからこそ、小さな意思の力でアクションを起こせるよう、目標を小さくすべきだと彼は主張するのである。

今回も小さな習慣の技術を応用して、皿洗いの目標をお皿を洗い終えることではなく、シンクに皿を戻し、水を流し始めることにした。そうすることで、おのずと皿洗いのリズムが生まれ皿洗いを終えることができる。とはいえ、皿洗いはめんどくさいことだし、シンプルに不快でしかない。

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どうせならポジティブに洗いたい

皿洗いにポジティブな意義を与える

オフィスビルに入っている本屋に立ち寄ると、ビジネス本がずらっと平積みされている。最近の流行と言えばマインドフルネスだろう。上司も某県の某寺で座禅を行うプログラムが研修に組み込まれていたとか言っていた。

ただ、マインドフルネスとは必ずしも寺で座禅を組むことを指すのではないらしい。座禅はあくまでも手段の一つであって、本質的には「今この瞬間に集中する」ということを指すのだという。ある記事ではお皿を集中して洗っているだけでも、洗い物をしているその瞬間に意識を向けていれば、それはひとつの瞑想になるのだとう。だから、私は皿洗いにマインドフルネスのための手段という意味を与えてみることにした。

皿洗いで瞑想

以下が私の皿洗い瞑想の手順である。内容は下記リンクのananの記事を参考(●パクリ)した。

  1. 水を流す(習慣化のためのトリガーとして)
  2. 皿洗いという作業そのものに意識を集中する(手にかかる間隔に集中する)
  3. 雑念(様々な思考や感情が)紛れた場合、それを観察し受け入れる
  4. 暫くしたら、また皿洗いに意識を戻す

面倒な食器洗いが楽しみに!? ストレス発散にもなる「食器洗いのコツ」#10 – 取材、文・土居彩 看板写真・Yumiko Sushitani | ananweb – マガジンハウス

おわりに

結果としてお皿洗いが単純な作業から、自分の心を落ち着かせるための手順に変わり、お皿洗いに対する感情がネガティブなものからポジティブなものに変わった。加えてお皿洗いをすることで、住環境もきれいになり良いことをした気分にもなり自己肯定感が増すといったメリットもあった。

もし瞑想のための時間を別途用意しようと思ったら、正直、時間的に厳しい。ただ、毎日の食事の後片付けは必ずやってくるので、その時間をうまく使うことで日々に生活に瞑想・マインドフルネスの機会を確保することができる。

①後片付けができ住環境がきれいになる。②家事をしっかりできる男とでして嫁からのモテポイントが上がる(はず)③マインドフルネスで日々の仕事の疲れを取り除くことができる。一石三鳥の皿洗い瞑想法。皆さんも実践してみてはいかがだろうか

読書

マインドフルネスを生活に取り込んだらもっと勉強したくなり買った本。まだ読み途中(2022年4月)。

家事代行を頼むという選択肢もある

ふたりで手分けして家事をやっても、どうしても大変な時は絶対にある。もし近所に両親(義両親)が住んでいれば、彼ら/彼女らに頼むこともできるだろう。ただ、核家族化が進む現代においてかつてのような三世代家族での生き方は難しい。そういうときは、家事代行を頼むのもひとつの手段だ。サービスを利用しなくても、登録していつでも使えるようにしておくだけでも精神的な安心感を手に入れられる。